最近、下請けの作業をして心底感じたこと。
魂のこもってない仕事は、次々と魂のこもらない仕事に連鎖する。
そうやって社会の中では、誰のものでも無い空しい商品やサービスが大量にアウトプットされ、人々は仕事に無関心・無責任になっていく。
下請けの下請けの下請けの仕事。その降りてくるプロセスの中で、誰にも愛されなかったであろうことが感じられました。
仕事を愛せないのは、きっとその向こう側にいる働き手や顧客を人として実感できていないから。僕のところを折り返し地点にして、少しでも供養されればと想うのです。
別に仕事の愚痴ではなくて、どんな内容であっても、仕事を頂けるのはとてもありがたい事ですよね。実際、この仕事の発注主の方もこのブログを見ている可能性ありますし。
だから別にその人を批判するとか、そういうつもりでは一切無いのです。
ただなんというか、疲れた社会の向こう側がぼんやり見えた気がしました。
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職場の問題の多くが人間関係だと言われますが、実はその根元にあるのは個々人の人間性とかいうことではなく、「愛されてない仕事」が蔓延している事で、それを媒介にして関わっているから、皆イライラ・ギスギスするのではないでしょうか。
実際に、自分もこの案件で人間関係壊しかけました。
けれど、この仕事を体力的/精神的に潰れずに、なんとかここまで持ってこれたのは、何人もの人がほぼ無償に近い条件でヘルプしてくれたから。
仕事で腐るのも人、輝いて見えるのも人。いつもソーシャルキャピタルがあればこそ、なんとかくじけずにここまでやってきています。
皆様に感謝。
この経験を、これからの自分に役立たせたいと思います。
僕がこれまでに魂を込めずにしていたかもしれない仕事、愛なく誰かに渡していたかもしれないアウトプットに、もう一度思いを寄せ、自己反省しながら 前に、進みます。
(この記事は、2012年1月4日のつぶやきからまとめ・再編集しました)
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